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2005.03.11

書評 『チェイシング・リリー』 マイクル・コナリー

チェイシング・リリーチェイシング・リリー
マイクル コナリー Michael Connelly 古沢 嘉通

早川書房 2003-09
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 コナリーファンなどと広言しておきながら、一年以上も放っておいたわけだが。

 サスペンスにおいては、主人公に大小様々な枷をはめて動きを制限しておいて、作者はその枷を利用してこれでもかと主人公を窮地に追い込むのが常道だ。この枷は、時間的な枷だったり、心理的な枷だったりする。
 最もうまく利用しているのがサスペンスを知り尽くしたジェフリー・ディーヴァーで、この方の場合は肉体的なハンディという微妙な枷に活路を見出して大成功を収めている。ライム・シリーズがその良い例。

 コナリーの場合、この枷は外から見えにくい心理的な枷(トラウマ)を多用する。
 ボッシュを見れば一目瞭然。他では、マッケイレブは肉体的な枷だがちゃんと心理的枷もかけてある。キャシー・ブラックも?
 で、この物語の主人公・ピアスが、物語のための物語のようなドツボに巻き込まれるのもまた心理的な枷による、と作者は言いたいのだと思われる。っていうか、そうじゃないと説明がつきそうにない。

 しかし、これがどうにも弱い。
 新しく引いた電話に、リリーという娼婦に宛てた電話がジャンジャンかかってくるところから物語は始まる。これを放っておけないピアスが、自分から事件に巻き込まれていく。すでに乗り切れない。
 なんでそんなに一人で突っ走っちゃうんだとか、無人の家に侵入するときになんで指紋に注意しないんだとか、ともかく、主人公の化学者ピアスの行動は突っ込みどころが満載で、なかなか納得することができない。

 分子コンピュータを開発している気鋭の化学者という設定も邪魔している。
 ヘタレぶりとのアンバランスさで人間像を浮き彫りにしたかったのかも知れないが、後にトラウマが明らかになっても到底納得できることじゃなかった。
 悪役も凄みが無けりゃ、もう一歩で良い味を出しそこなった刑事も掘り下げ不足。

 結局、ボッシュ・シリーズの息抜きなんだろうか。
 そう考えてみれば、才能のある作家の箸休めみたいな印象もある。書き方は悪いが。
 ということで、コナリーの熱烈なファン以外にはあまりお薦めできません。
 『LOST LIGHT』の邦訳を待ちましょうね。

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