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2007.07.28

書評 『模倣犯』全5巻 宮部みゆき

模倣犯1 (新潮文庫)模倣犯1 (新潮文庫)

新潮社 2005-11-26
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 宮部みゆきの代表作は『火車』だと信じて疑わない。忘れられない。『火車』を契機として、宮部は穏健な社会派作家へ移行していくのかと思っていた。ところが、そうでもないようだ。相変わらずジュブナイルな雰囲気を漂わせていらっしゃる。ご本人も自らを「ショタコン」とおっしゃっているので、これは終生変わらないのかも知れない。

 ぼくは青春物が好きなんだけど、それでも宮部のジュブナイル風味にはどうしても合わない。青春小説じゃないから当然なのだけど。少年少女向け風味のエンターテイメント小説で甘酸っぱくない。大人の視点から作りこみ過ぎて、若者が作者の道具に成り果ててしまっているような印象。

 多くのファンを抱える作家なのだからぼくの感覚がおかしいんだろうけど、ついでだから思い切って書いちゃえば、特に『龍は眠る』とか『レベル7』『蒲生邸事件』あたりのジュブナイル風SF風小説には飽き飽きしている。一方で、宮部の暖かさに惹かれるのも事実で、その温もりと社会性が見事に合体した『火車』が忘れられないのは納得していただけると思う。

 だから、『理由』で直木賞を受賞したときは皮肉に思えた。ああいったジャーナリスティックな手法には感情の入る隙間が乏しい。その分、宮部の他作品からはかなりの隔たりがある。温もりは格段に薄い。宮部ファンはああいう作品は読みたくないんじゃないかな。ぼくはおもしろかったけど。

 こうして見ると、ぼくは真性宮部ファンではないようだ。その傍流宮部ファンにはこの物語がどう見えたかというと、ジュブナイル趣味と社会性の合体した小説ということになるだろうか。別に血腥いサイコ野郎だけに震撼しているわけではない。エグいシーンの一つも無しでこれだけのサイコ野郎を描けているのはさすがだと思う。

 しかし、作品から受ける印象は品行方正で潔癖。だから凄みはまったくない。なくても問題ないのは、宮部の主眼がそこにはないから。そこそこで充分なのだろう。では、主眼は何かというと、加害者・被害者の家族をはじめとした周囲に降りかかる苦痛と影響なのである。これに関して、彼女の潔癖ぶりは尋常ではない。

 書く書く、これでもかこれでもか。瑣末な脇役にまで主役を張れるほどの背景を与え、書き込む書き込む逡巡させるさせる。結果出来上がったのは三千五百数十枚の超大作。たしかに重厚な小説だと思う。でも、長きゃあいいってもんじゃないでしょう。宮部ほどの小説家が、これだけ書き込まなきゃ言いたいことを言えないわけがないでしょうに。ぼくにはほとんどが言い訳に見えてしまう…。

 一本調子に、誰も彼もに深遠な背景が書き込まれるもんだから、悪い癖で斜め読みしている自分に気がつくこと度々。その度にページを戻った。申し訳ないが、必要無さそうな脇役がたくさんいた。主役級の人物にも流して良い人物がいると思う。この饒舌な人たちの中にあって、高井和明くらいには異彩を放たせても良かったろうに。

 巷で評判の有馬義男もそれほど魅力的とは思えなかった。だけでなくて、この物語では誰もに常識から外れるような勝手な動きをさせて、それを読者に納得させるべく行間を埋め尽くしているようにしか見えない。ひとことで言えば、度を越したあざとさ。ともかく作為的過ぎ。それはもちろん、宮部ほどの作家だから、水準点は軽くクリアしているのは間違いない。でも、ここまで読ませておいてあのラストはないだろう、と思ってしまう。

 丹念に伏線を張っておいて、それが前畑滋子の罠に通じるのもわかるが、それでも犯人はあんなに簡単に引っかからないでしょう。なんだか宗教的だなと、飛躍した感想を持ってしまった。序盤は大傑作の予感が漂ったのだが…。それでも、犯人の背景がまたまた…でウザいにしろ、劇場型犯罪者をここまで斬新に動かしたのはさすが、と言っておきたい。こんなヤツでてきそうだもんね。
(文章をちょっといじって、サイトから転載)

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» 「模倣犯(上・下)」宮部みゆき [Chiro-address]
「模倣犯(上・下)」 宮部みゆき 小学館 2001-03 勝手に評価:★★★★★  公園のゴミ箱から発見された女性の右腕、それは史上最悪の犯罪者によって仕組まれた連続女性殺人事件のプロローグだった。比類なき知能犯に挑む、第一発見者の少年と、孫娘を殺された老人。そして被害者宅やテレビの生放送に向け、不適な挑発を続ける犯人――。が、やがて事態は急転直下、交通事故死した男の自宅から、「殺人の記録」が発見される、事件は解決するかに見えたが、そこに、一連の凶行の真相を大胆に予想する人物が現れ... [続きを読む]

受信: 2007.08.29 16:42

コメント

はじめまして。
TBさせていただきました。

私は基本的には引きこまれて読んでいたと思います。
けど、こちらの感想を読んで、「言い訳に見える」というのには共感しました。
同じ事が主観が変わる度に何度も書かれていたり、感情の流についての説明があったり。
そういえば、私も時々斜め読みしてました(苦笑)。
でも、やっぱり引き込まれてしまうんですよねぇ。

投稿: chiro | 2007.08.29 16:56

chiroさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

読んだのはハードカバー刊行直後なので、記憶が曖昧です。しかし、夢中で読んだのは間違いありません。おもしろかったのですよ。でも…、という感じでしょうか。引き込まれるのは間違いありません。

トラックバック返させていただきました。

投稿: takefour@旅歌 | 2007.08.29 21:00

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