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2007.07.28

書評 『一瞬の風になれ』全3巻 佐藤多佳子

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ- (講談社文庫)一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ- (講談社文庫)

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 これぞ青春小説の決定版!

 以前、長男が中学生だったときに、あさのあつこの『バッテリー』全6巻を熱心に読んでいるのを見たことがあった。ぼくはその本を知らなかった。常に本に埋もれている父親が知らない本を読んでいることが、とても意外で誇らしかったようで、若干の上から目線で貸してくれた。終盤は冗長になるが、確かにおもしろかった。下の『模倣犯』の書評にも書いたが、青春小説好きのぼくにはツボだった。

 そんな長男が高校に入学した今年春、読んでいたのがこの本。なんでも、長男の高校に関係したどこかのネット掲示板で話題になっていたらしい。高校の略称が、この本に出てくる高校と同じなんだと。しかも、去年の3年がインタハイの100mを制したとか。読み方は違うのだが。読書のきっかけなんて何でも良い。ヤツはたった2日で3冊読みきったそうだ。

 どうも最近新刊に疎くていけない。帯には「2007年 本屋大賞受賞」「第28回 吉川英治文学新人賞」とある。おお、敬愛する花村萬月や浅田次郎が獲った賞じゃないか。本屋大賞って、そういえば『夜のピクニック』はおもしろかった。手にとったときの感想はそんな感じだった。前置きが長くて申し訳ない。

 読み始めたら止まらなくなった。朝出勤前、通勤電車の中、会社で昼休み、夜帰宅する電車の中、夜寝る前深夜…。こうして、ぼくも3巻を2日で読みきった。自分の子どもくらいの年齢の主人公に、これほど感情移入できるおぢもまた珍しいかもしれない。本当におもしろかった。

 全3巻それぞれの巻数が主人公の高校での学年と同じだ。1巻目の高校入試直前からはじまり、3巻目は3年のインタハイまで。物語は、中学時代サッカーをやっていて、高校で陸上部に入部する主人公(俺-神谷新二)の一人称で語られる。彼の成長を通して、あのころ-思春期-にモガイテいたすべての事柄が、サラリと熱くユラリと切なく、余すところなく描かれている。

 全編陸上部を舞台にした物語である。主人公の神谷新二は、陸上部で短距離をはじめる。彼の成長が、薄い皮を一枚一枚重ねるように、丹念に描かれる。それは、100mのタイムが上がることだけではなくて、心の成長と周囲の友だちの成長と合わせて描かれる。ここが重要で、傑作に至らしめた大きな要因だと思う。

 そうだ。自分ひとりだけが成長するわけではない。みんなが悩み、みんなが挫折し、みんなが輪を乱して、それをみんなが共有することによって、乗り越えてゆくのだ。もちろん、必ずうまくいくわけじゃない。だが、この本にウェットでジメジメした馴れ合いはない。少々出来過ぎの感は否めないが、いまの高校生の体温がとてもよく伝わってきた。

 子どもたちの成長物語のもうひとつの側面は、陸上競技の物語としての完成度の高さだろう。それも主人公の種目は短距離だ。たった10秒を勝ち抜くために、選手たちは自分を鍛え、走る技術を磨く。微に入り細を穿つ丹念な取材に裏打ちされた説得力のある描写で、10秒のドラマを解き明かしてくれる。主人公の人間としての成長に合わせ、短距離ランナーとしての成長も文章で表現してくれる。

 本当にすばらしい。こんな小説読んだことがなかった。こんな小説が読みたかった。作者の佐藤多佳子さんに、感謝の気持ちで一杯だ。ダメだ。こうやって書いているだけで、涙腺が緩んでしまう。これこそが、青春小説の王道で、後々まで語り継がれるであろう、まっとうな青春小説だ。

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コメント

先日「しゃべれどもしゃべれども」を再読して、やっぱり佐藤多佳子さんはいいなあ、と思ったので話題のこの作品も興味あります。文庫待ちかとは思いますが。

わたしも中学では陸上やっていたのでそういうのもありますかね(あまりよい部員ではなかったですが(笑))。

投稿: ムムリク | 2007.07.28 12:01

ぼくは初めて読んだ作家なのです。良い本ですよ、これ。読んだのは2ヶ月くらい前で、その後いろいろ調べたら、かなり話題に上った本のようですね。

ちなみに、ぼくも中学で陸上をやっていました。中距離だった。懐かしい。

投稿: | 2007.07.28 14:10

↑旅歌です。

投稿: takefour@旅歌 | 2007.07.28 18:51

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