映画評 『たそがれ清兵衛』
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今更ながら、とても良い映画だった。
しかし、長じた娘のナレーションと最後の岸恵子の墓参りのシーン、これは必要ないんじゃないか。封切り当時から、特に墓参りのシーンについては論議を呼んだそうだが、このシーンは余計だと思う。なんで、入れたのか? 無ければ、もっと締まった映画になった。
それと、その岸恵子のシーンに被さって流れる井上陽水の主題歌。これのお陰で、せっかくの名画の余韻が、いっぺんに吹き飛んでしまった。陽水は中学生のころから大好きで、とても影響を受けたぼくにとって神のような存在であるけれど、あの最後のシーンにあの歌はダメだ。
そりゃもちろん、井上陽水の責任じゃない。これも「なぜ」なんだけど、なぜ井上陽水に主題曲などお願いしてしまったのか。チキンなプロデューサーの大ミステイクだろう。話題作りとか? 大失敗だった。井上陽水自体に存在感があり過ぎるのだ。映画の雰囲気にまったく合っていないだけでなく、壊してしまった。
しつこいけど、岸恵子のナレーション、最後に墓参りをする岸恵子のシーン、最後の井上陽水の主題歌。この三つを映画に挿入したことが本当に悔やまれる。鑑賞後、どれも頭に残りすぎて、本編の印象に勝ってしまった。最後のシーンが作品のテーマを、かえってぼやけさせてしまった。ぼくだけ?
それ以外の内容については、語りつくされているよね。周到な時代考証とか、真田広之と宮沢りえの演技とか、臭みの取れた山田洋次の淡々とした演出ぶりとか、現実的な殺陣とか、下級武士のつましい暮らしぶりの描写とか。どれをとっても、日本映画の常識を覆すに足る水準に達していると思う。リアリティとは、些細な事柄の積み上げだと改めて認識させられた。
中でも印象深いのが、真田広之の月代だった。最後に宮沢りえの朋江を呼んで、上意討ちのための身繕いをしてもらう。だが、月代だけは伸びたままなのだ。ぼくはてっきり、ご新造あたりが家で剃ってあげていたのだと思っていたので、きれいに剃り上げて完成させると思っていた。しかし、月代は薄黒いままだった。
藤沢周平と山田洋次…。実に良いカップリングだったのだね。市井の人々の人情を描いては右に出る者のいない時代小説の大家藤沢周平と、根幹に共産主義的な色合いが濃く、常に視線を低く保つ映画を作り続けてきた山田洋次。この映画を観ると、山田洋次が藤沢周平の作品を映画化したかったという気持ちはとてもよくわかる。
時に教条的で押し付けがましかった山田洋次が、齢70にして映画の本質に近づいた、エンターテイメントがピュアな形で結実した、なんて言い方をしたら怒られるかな。思想と映画、思想とエンターテイメント、といった映画作家が持つであろう根源的なテーゼに、巨匠が答えを出した作品だと思う。寅さんをあれだけ撮り続けた方に「エンターテイメント」などと失礼な物言いかもしれないが…。
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