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2007.08.09

書評 『日本人はなぜ戦争をしたか-昭和16年夏の敗戦』 猪瀬直樹

日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦 (日本の近代 猪瀬直樹著作集)日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦 (日本の近代 猪瀬直樹著作集)

小学館 2002-07
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 1983年『昭和16年夏の敗戦』というタイトルで、世界文化社から刊行された猪瀬直樹36歳の著作。1986年に文春文庫に所蔵された後、長く絶版状態だったものが、「猪瀬直樹著作集」のNO.8として小学館から2002年に刊行された。

 1991年に開戦五十年特別企画としてフジテレビによってドラマ化されたので、ご記憶の方もあるかもしれない。中村雅俊、神田正輝、田村高廣らが出演する2時間ドラマだった。

 1941年(昭和16年)、外務省、大蔵省、内務省、陸軍省、海軍省、日本銀行などの官僚と、日本製鉄、三菱鉱業、日本郵船などの民間から選び出された30歳代のエリート36人によって「総力戦研究所」が設立される。向こう一年間にわたって、武力戦、思想戦、経済戦、国内政策、対外政略などの国家総力戦を実行するための訓練を受けることが目的だった。

 しかし、途中から趣旨が変質する。これら36人で、日本をモデルとした仮想国の「青国」を舞台に「模擬内閣」を組織して、開戦か否か、開戦した場合はどうなるのかを議論することになるのだ。血気盛んな各分野の専門家たちが集まっているから、非常に率直な議論が行われることになる。

 そして、導き出された結論は「日本必敗」だった。少壮のテクノクラートたちが、あらゆる事象、あらゆる数字を駆使して日米戦をシミュレーションしても、決して米国には勝利することができなかった。この「日本必敗」を日米開戦前の昭和16年8月、当時は陸軍大臣を務めていた東條英機を含む近衛内閣の眼前で報告を行うのだ。

 いまでも、謎とされる「日米開戦」。政府と、政府が侵す事のできない天皇大権としての統帥権を定めた明治憲法に原因を持っていく人も多い。時の政府と大本営(統帥部)の開戦を巡る駆け引きと、同時進行で「総力戦研究所」の活動を対比させるように描く。

 猪瀬直樹の取材は、毎度ながら細やかだ。書籍に頼ることなく、存命の関係者にインタビューを行って、淡々と書き起こしている。推論も大きく飛躍せず、事実を踏まえた上で行う。こうして猪瀬直樹が導き出した、東條英機の実像にかなり驚かされた。

 連合軍の宣伝や東京裁判やぼくらが受けた教育などによると、東條英機こそが戦争を引き起こした張本人でまさに極悪人である。しかし、本書によれば、首相である東條は開戦を望んでいなかったらしい。なぜなら、東條は天皇に忠実であったから。その開戦を望まない昭和天皇と、開戦を迫る大本営との間で板ばさみとなり、非常に苦しんだという。

 しかしながら、首相就任前は主戦論者だった。更に、開戦を決定する内閣の総理大臣でもあった。残念ながら、東條英機はあの時代の歴史に登場するべきではなかった。まったく理念のない政治家。政治家というよりも場当たり的な官僚と呼ぶべきかもしれない。あの時代にこのような人物しか持つことができなかったのは、不幸と言うしかない。

 本書が問いかけてくることは何か。開戦直前に行われた、開戦後に南方から石油を確保するにあたっての、貯蔵量の報告会議が象徴的だ。誰の意思でもなく、ただ流され作られてゆく数字。局地的にみれば、現代の日本のどこで行われてもおかしくない空疎な実に日本的な会議。

 終戦記念日を控え、肝に銘じておきたい。

 

 PS:しばらく留守にします。

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