« Google マップが貼り付けられるようになった | トップページ | ドラマ評 『ハケンの品格』 篠原涼子 »

2007.08.24

書評 『ひとは情熱がなければ生きていけない(勇気凜凜ルリの色)』 浅田次郎

ひとは情熱がなければ生きていけない(勇気凜凜ルリの色) (講談社文庫)ひとは情熱がなければ生きていけない(勇気凜凜ルリの色) (講談社文庫)

講談社 2007-04-13
売り上げランキング : 32887

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 本書を一読して、ある種の寂寥感に襲われた。そしてのち、とても悲しくなった。ぼくが浅田次郎=洒脱な名文家とのイメージを持ったのが、一連の『勇気凛凛ルリの色 』シリーズのエッセイだった。破天荒なエネルギーに溢れ、ユーモアに溢れ、ときに涙を誘う、すばらしい連載エッセイだった。

 『鉄道員(ぽっぽや) 』で直木賞を獲ったあとでも、浅田次郎は小説よりもエッセイの方がおもしろいと書いたことさえある。そのくらい浅田次郎のエッセイはおもしろかった。おもしろくてほろ苦かった。人生の機微を行間で表現した軽妙洒脱な文章は、他の追随を許さなかった。しかし、そんなイメージは本書を一読して間もなく、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

 人は誰でも変わる。誰しもに立場がある。天下の直木賞作家で、いまや直木賞の選考委員を務めるまでになった作家に、週刊現代連載当時のエッセイを期待したぼくが間違っているんだろう。ならば、作家のエッセイでは右に出るもののない「勇気凛凛ルリの色」の名前を冠して欲しくなかった。

 週刊現代で、「勇気凛凛ルリの色」の連載がはじまったのは、1994年秋だった。当時は『プリズンホテル・秋』が出たばかりで、まだ海のものとも山のものともつかない新人作家だった。しかし、すでに『蒼穹の昴』の原型とも言われる『日輪の遺産』を発表しており、劇的におもしろいと評判だった『プリズンホテル・シリーズ』や、最近映画化もされた『地下鉄(メトロ)に乗って』と合わせて、一部の本好きの間では評判になっていた。

 一読でファンになったぼくは「勇気凛々ルリの色」を読むために、毎週のように週刊現代を買い続けた。連載が続いた4年間は、こんなおもしろい文章を書く作家がいるぞ、と機会あるごとに本好きの知り合いにすすめて回った。期待を一身に受けた浅田次郎は、この連載の間に『鉄道員(ぽっぽや) 』で直木賞を受賞するという快挙を成し遂げてしまう。ご本人もエッセイで書いておられるように、本当に稀有な出来事だった。

 直木賞受賞は、ぼくにとっても思い出深い出来事だ。ぼくが見つけた作家ではないのに、あの頃は自分が発見したような錯覚に陥っていたのだ。知り合いに紹介し続けた無名の作家が、あれよあれよとブレイクして直木賞まで受賞してしまう。こんなことは滅多にあることじゃない。ぼくはぼくで、知り合いに本読みとしての選球眼の確かさをアピールする結果となった。

 受賞前年の1997年1996年に『蒼穹の昴』で初めて直木賞にノミネートされたとき、絶対に受賞する、とぼくは周囲に公言していた。しかし、残念ながら受賞はならなかった。直後のエッセイは涙なしでは読めない。同じように、受賞直後のエッセイもまた涙なしでは読めない。こうして、ご本人と一緒に泣き笑い、時間を共有したような錯覚を起こさせる、そんな連載だった。それだけに浅田次郎には思い入れが深い。心に残っているエッセイがいくつもある。

 本書に収められているのは、あちこちの雑誌に書かれたエッセイを寄せ集めたものだ。中には講演を書き起こしたものまである。だから、統一感がない。同じような話が何度も何度も出てくる。必死に統一感を持たせようと編集しているが、残念ながら徒労に終わった。こういったところは作者のせいじゃない。すべては、恥ずかしげもなくスケベ根性を丸出しにした出版社の責任だ。

 最も腹立たしいのは、浅田次郎渾身の三島由紀夫論を詰め込んでしまっていることだ。おかげで後半に見られる若干軽妙な文章と、全然バランスがとれなくなっている。鍋料理じゃないんだから、何でも詰めこみゃいいってもんじゃないでしょう。文学論や作家論などの、硬めの文章で一冊上梓できるくらい貯まるまで待つべきだった。それとも、浅田さんはもうこの手の文章を書くつもりがないのか。

 そのほかのエッセイはあまりパッとしない。もちろん、見事な文章もあるのだが、週刊現代で書き尽くしてしまったかのように、過去に語られた文章の繰り返しがほとんどである。成功を収めたあと、すべてが順調に推移しているときの単発なエッセイだから、密度薄く緊張感に乏しいのもいたしかたないとは思う。しかし、問題意識の欠片もないのは、それこそ問題じゃないか?

 繰り返しになるが、週刊現代に連載当時のエッセイを期待したぼくが間違っている。でも、作家の目を通せば日常に波乱万丈があるでしょう? 含蓄の深い出来事はあるでしょう? エッセイの名手浅田次郎が、ごく普通の書き手のようにふるまっている文章を読むのが、一番つらい。どこか上から目線で、渇望感も、エネルギーも、哀切も、ユーモアも、覚悟も、何もかもが枯れてしまったようにふるまう文章は読みたくない。

 敬愛する作家浅田次郎にあんまりな書き方だが、そう思ってしまったんだからしかたがない。本書は稀有なエッセイ集「勇気凛凛ルリの色」を読んで泣き笑いした方々には、絶対にオススメしない。浅はかな編集者にはこう言いたい。「タイトル」をもっと大切にするべきだ、と。

|

書評」カテゴリの記事