« プライバシー ポリシー | トップページ | お願い »

2008.02.24

書評 『ジェネラル・ルージュの凱旋』 海堂尊

ジェネラル・ルージュの凱旋ジェネラル・ルージュの凱旋
海堂 尊

宝島社 2007-04-07
売り上げランキング : 1312

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 宝島社がミステリーを刊行するようになったのは、あの楡周平が最初ではなかったかと記憶している(違っていたら失礼)。当時から「このミス」の愛読者だったぼくは、鳴り物入りで登場した『Cの福音」』(宝島社文庫)を買い込んで、大きな期待を持って読み始めた。「このミス」でおもしろい本を世に問い続けていた宝島社が社運をかけて売り込んだように見えたのだから、それも仕方がないことでしょう。1996年だったと思う。

 しかし、期待は大きく裏切られた。あの作品は小説の体をなしていなかった。自己満足と過剰な自己陶酔がハードボイルドだと勘違いした作者の痛い小説というイメージしかない。その後、シリーズ化したようだが、ハラワタを抉るような小説を書いてくれるとは到底思えなかったので、手を出していない。

 同時に、宝島社にも大きく失望した。「このミス」は投票する人選が良かっただけで(当時からすればこれは実は大変なことなのだけれど)、宝島社にあの空気を再現してくれる編集者はいないのだなと本当に失望した。申し訳ないが、その後は単なるムックとか雑誌の出版社のイメージのみ。だから、「このミス大賞」も、ぼくの中では限りなく評価の低い文学賞だった。

 前置きが長くて申し訳ない。この作家は、その4回目の「このミス大賞」で大賞を受賞した作家だ。受賞作品は2008年2月現在映画化されて公開中の『チーム・バチスタの栄光』(上・下 宝島社文庫 )。『医龍』でも取り上げられた高度な心臓手術「バチスタ手術」を題材にとった医学サスペンスだ。

 受賞作『チーム・バチスタの栄光』(上・下 宝島社文庫 )は審査員大絶賛だった。しかし、ぼくの印象はちょっと違った。巻末に名だたる評者たちのコメントが掲載されていたので読ませていただいたが、そんなに手放しで褒めるほどの作品かな、というのが正直な感想だった。皆さんおっしゃられる通り、確かにキャラクター作りは抜群にうまい。新人であれだけ活き活きとしたキャラを描き分けるウデはすごいと思う。

 しかし、ストーリィがさっぱりだった。ほぼ全てのシーンが病院内で展開される平坦で動きに乏しいストーリィは、読み進めるのに相当な集中力を必要とした。そして陳腐な犯人。せっかくのキャラ上手なのに、犯人があれではそれまでの努力のすべてを水泡に化しかねない。主人公田口に向けて吐いた心情の吐露に思わずのけぞってしまった。そうなると、人物などを飾る過剰なレトリックというか、ダサいキャッチフレーズがイヤらしくて思えてしまうから困ったものだ。

 それでも、同じ田口講師を主人公とした第2作の『ナイチンゲールの沈黙』に手を出したのは、生来のシリーズ物好きの成せる業だ。しかし、これはまったくダメだった。白鳥以上のボスキャラを登場させようと焦ったあまり、白鳥を殺してしまい、更に物語全体までも殺してしまった。編集者の責任も重いと思う。ドラゴンボールじゃないんだから、もっと強い新キャラなどと意識させてはいけないのだ。ストーリィも進歩がなかった。ダサくておかしなキャッチフレーズもいい加減にして欲しい。

 それでも、シリーズ3作目(本作)に手を出してしまう。とある知り合いから、「3作目は良いよ」とのお言葉をいただいていたからなのだけど、そのお言葉がなかったら3作目を読むことはなかった。ひとりの作家の成長を実作品で追体験するという、貴重な経験を棒に振るところだった。この作品は良かった。

 読み始めて、一瞬のデジャヴュを感じる。前作『ナイチンゲールの沈黙』の序盤のシーンから始まるのだ。読み進むと、この物語が『ナイチンゲールの沈黙』の事件の裏で進行していたのだとわかってくる。なんてこった。こんな小説読んだことがない。前作のシーンが別の角度から描かれる。主人公は田口の同級生・救急救命センター部長の速水だ。微妙に前作と絡まるが、本作は医療の深い問題を抉る物語。中盤まで読み進むと、もう止まれない。一気読みだった。

 これだけ短期間に長足の進歩を遂げる作家も珍しい。この作者のキャラ作りの問題点は、敵役にあった。前2作とも、悪役が居ないというか薄いというかで、今ひとつカタルシスに欠けていた。その問題点を、今回は「エシックス・コミティ」の沼田助教授を配することによって、見事に解決している。更に周辺に群がるお調子者たち。最後に、その「エシックス・コミティ」の何人かに見せ場を作る気配りまでして、懐の深さを見せつける。すごいですよ。

 この悪のボスがなかなかだった。その沼田助教授を叩きのめす正義のキャラたち。医療問題という複雑ではあるが弱者の立場で俯瞰すれば白黒をつけやすい背景があるだけに、人物配置をわかりやすい勧善懲悪にしたのは大成功だと思う。溜飲を下げるとはこのこと。更に、作者は、前2作で弱めの悪役キャラを演じていた黒崎教授にも優しい目を向ける。いやあ、これはもう手練のウデですよ。

 無理に事件を起こさないことが自然なストーリィを生み出して、成功につながったのだと思う。前作ではこの点を履き違えていた。作者が現在持っている今日的なテーマを盛り込むことによって、物語が厚みを増して心に響く作品となることができたのだ。テクニカルに見ても、周到に伏線が張られ、物語は美しく構成されている。

 そして、最後に用意されている派手派手大事件と速水の一人舞台。若干、文章力に不安を感じさせるが、本当に長足の進歩だと思う。ダサい会話とダサいキャッチフレーズの賛否はおいておくとして、今後の作品でも、ミステリに拘る必要はないと思う。作者の持つテーマを掘り下げていけば、自ずと田口の動きが決まってくるような。肩肘を張らず、書き続けて欲しいと思う。宝島社に敬意を払いつつ。

|

書評」カテゴリの記事