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2011年5月14日 (土)

大宮公園 九割のそばは多くを語り、多くを語らない 「手打蕎麦 椋庵(さいたま市見沼区)」

総合4.0|料理・味 4.5 | サービス 3.5 | 雰囲気 3.5 | CP 3.5

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 もし、村上春樹が「椋庵」の蕎麦を食べたらwww。

 中途半端に雨が降る土曜日だった。早朝からキーボードを叩き続けても解決の糸口さえ見つけ出すことができす、新しいコンピューターは息を潜めて沈黙を守っていた。意味のある言葉のまわりを漂う意味のない言葉をつかんだり離したり、そんな不毛な作業に僕は少し退屈して、気がつけば窓の外に朝の痕跡を探していた。
 中断して食事にしてはどうかと提案したのは妻だった。放射性物質を含んでいるかも知れないスプートニクな雨の中に息子を連れ出すのは得策ではない、と僕は言いかけたが言葉にすることはなかった。何かがいつもとは違っていた。どうやら彼女は本気のようだ。

 「まかせるわ」とハンドルを握った妻は言った。「どっちに行けばいいの?」
 「旧国道十六号線を大宮方面へ。第二産業道路を越えたあたり」と僕は準備しておいた iPhone の「食べログアプリ」から目を離さずに応えた。
 「そう」と妻はフロントガラスの向こうを見据えたまま答えた。
 「大宮第二公園手前の信号を右折して欲しい」と僕は妻の方に向き直り、初めて会った日と同じように横顔を見つめながらお願いをした。
 妻はいつものように慎重に左右を確認して、マツダのミニバンを旧道に乗せた。ワイパーは動いていない。雨は止んでいるようだ。彼女の運転はいつものように密やかで執拗に注意深く、不自然なほど長い車間距離をとった。
 君のようなドライバーが渋滞を招くのだろうか、と言ったことがある。「かえって危険な目に遭うかもしれない」
 「わかっているんだけど、目の前に危険があると思うとアクセルを踏むことに躊躇してしまうの」と彼女は首を横に振った。「後ろに迫る危険は気にならないの。見えないから」
 FM放送は、二○○三年三月に開始されたイラク戦争の米軍将兵戦死者が、二○○九年十二月二十二日の段階で四千三百七十人に達した、と伝えていた。あの日僕らはどこへ向かっていたのだろう。目を射抜くような冬の光に耐えかねてサンバイザーを下ろした時、FM放送はリマスター盤の「Driver My Car」に変わった。
 一度として、僕は君をドライブできたためしはなかった--トリッキーな音楽を聴きながらくだらないことを考える自分の卑小さが、どこか心地よかった。

 第二産業道路までに多少の渋滞があり、到着は予定より遅れた。「手打蕎麦 椋庵」の駐車場は旧道に面した角にある。砂利を鳴らしながら妻が慎重にマツダを滑り込ませると、ふたたび細い雨が降り出した。駐車場から店までの二十メートルほどを、傘を持たない左手を振りながら歩く息子を視界の隅に確認して、僕の顔は自然と緩んでいった。
 目的のそば屋は小さな民家の一階部分にあった。狭いフロアに四人掛けテーブルが三卓並び、隅に二階へと昇る階段が見えた。一番奥の席に腰を下ろして、女将が持参したメニューから、昼の蕎麦膳(そば豆腐、天ぷら、せいろ、デザート~1575円)、つけとろ(1365円)、せいろ(840円)を注文した。ビールを注文しなかったのは、美術館の休憩所のような店内にBGMが無かったことと直接の関係はない。息子と僕のそばを大盛でお願いしたのにも、特段の理由はない。僕たちのテーブルのすぐ脇に女将は突っ立っている。恥ずかしい話をしているつもりはないが、BGMの無い店内では自然と声が低くなり、そのうちに僕らは黙り込んだ。休憩所とビールと大盛の関係性を見出したような気がしたが、一瞬浮かんですぐに消えた。
 「椋庵」はそば粉九割と聞いたことがあった。運んできた女将にそれとなく尋ねた。
 「くいちです」と女将ははっきりとした声で発音した。
 八割の場合はそば粉の割合を後ろに置いた「二八」と称し、九割の場合は前に置いて「九一」と称する。
 「この程度の不合理は、この国が抱える矛盾に比べたら娼婦の嘘ほどの重みもないわ」と僕の疑問を先回りした妻が言った。
 彼女に対して身に付けた三百種類ばかりの様々な相槌の打ち方の中から、結婚式の翌日に考案した相槌を精いっぱいの笑みを浮かべて、僕は打った。

 「椋庵」の九一そばは細打ちながらも非常に腰が強かった。そば殻のホシがたくさん見えて、独特の甘い香りがしたので相当に出来の良いそばなのだろう。普段はそばの味がわからないと言う妻が、汁につけずに数本啜っていたので後から理由を尋ねた。
 「一度汁につけて口に含んだら良い香りがしたの。だから何もつけずに啜ってみたのよ」と妻は言った。
 汁は思ったよりも塩辛めだったから、妻の体調が良かったのかもしれない。
 「はじめてね。あなたはそばの香りが良いとよく言うけれど、わたしはいままで感じたことがなかったの。香りの良いおそばだったわ」三人でゆっくりとそばを食べ、ゆっくりとお茶を飲んで帰宅する途中、亜熱帯で発見されたナウマン象の化石のような声で妻は囁いた。いくつもの信号を超え、幾度もの加速と減速を繰り返してマツダは春日部市を目指した。
 「蕎麦膳のそば豆腐もおいしかったし、天ぷらもおいしかった。もちろんデザートも。でもどれも極端に量が少なかったね」と僕は偽らざる本心を語った。
 彼女はやれやれというように一瞥をくれ、再び前方に視線を戻した。「わかっていたわ。普通盛のわたしもお腹がいっぱいにはなっていないから」
 今度は息子が生まれた日に編み出した相槌を、僕は返した。

 やがて雨は本降りになり、妻が操るマツダは水浸しになった街をひた走った。雨に放射性物質が含まれていようがいまいが、今日は終わり、明日はやって来る。
 重大な何かを失ってしまったことに、気が付いてはいた。しかし、美味しいそばの余韻を楽しむ僕に、それが何かを知ることは不可能だった。

  (風の歌は聴こえた??)

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